参加者総勢 19名(内4名は、自らも被害に遭っていらっしゃる塩釜の蔵元、浦霞の社員の皆様です。)
震災後、桂島で牡蠣養殖業を営む、内海さんとの交流のなかで、私たちにもできることがあることを知り、
日本酒と楽しむイタリアンの会有志メンバーでいざ、桂島へ!
震災後はじめて訪れる仙台の塩釜、そして桂島。塩釜の街は、瓦礫などの処理は進んでいるようで、
3月に大震災が起きたことが、にわかには信じられないほどでした。
けれど、港が近づいてくると、魚の腐ったような臭いが鼻をつき、津波によって浸水した場所であることを、
まざまざと感じさせ、商店街の一軒に張ってあった、浸水した街の写真が、痛々しかったです。

3月に楽しいひと時を過ごした、塩釜マリンゲート内のイタリアンレストラン、
ブレア・マリーナは、この時点ではまだ封鎖されており、マリンゲート内全体が節電のためもあり、
3月に来た時とは違う、沈んだ空気に包まれているように感じました。
高速船に乗って桂島に着くと、内海さんが船つき場まで迎えに来て下さっていました。
3月11日以来、安否確認のメールから4ヶ月後の、元気な内海さんとの再会に、胸がいっぱいで、
内海さんに笑顔で、「今日は!」と言おうと思った声がどうしても出てきませんでした。
お会いできて本当によかった、安堵とうれしさ、そして自分のなかで張り詰めていた何かが、
桂島へ来たことで、解きほぐされていくような、不思議な気持ちに包まれながら、
内海さんのガイドで島を歩きました。

道の両側には、津波にのまれて半回転した家や、がれきの山がどっさり。
「メインの道路だけはなんとか自分たちだけで片付けたんだけど、後はまだまだ時間がかかるね。
日々ボランティアの人たちが来て手伝ってくれるのは、本当に助かっているんです。」と、
内海さんは淡々と話してくれました。
そしていよいよお手伝い。
一体何をどうお手伝いできるのか、不安だらけの私たちでしたが、最後には、内海さんから
「私ひとりで丸3日間の仕事を半日で皆さんにやってもらいました!」と、
うれしいお言葉をもらい終了することができました。
詳しい作業の様子は、参加者の前田さんによるイラストをご参照ください。


桂島を照らす夏の太陽の元、ホタテ貝の穴に針金を通す作業、間にはさむ再利用のゴム管をゴミから分別する作業など、
皆で流した汗は、本当に気持ちがよかったです。
内海さん、私たちにできることは小さなことですが、どうぞ桂島の牡蠣養殖業を絶やすことなく、
世界に誇る<三陸の牡蠣>として、日本の食文化を継承していってください。
これからも、牡蠣のこと、牡蠣を育む自然の大切さを色々教えてください。
そして震災に負けることなく前を向いて着々と歩いていく内海さんをはじめ桂島、塩釜、宮城、東北の皆さんの姿から、
私たちは、たくさんのことを学びたいと思います。

2012/01/09
手島 麻記子




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